神社に呼ばれるとは - 高瀬神社

2015年8月19日

高瀬神社は、越中国一宮になっている神社だが、越中国はもともと越の国が分裂してできたもので、さらに能登国と分かれたということもあるし、また国府の位置も歴史的に変遷しているため、一宮を称する神社が国内に4つもあるというややこしいことになっている。
高瀬神社はそのひとつで、城端線というローカル鉄道の駅が最寄駅となっていて、初詣の時期にはシャトルバスもあるようだが、交通の便が良いとはお世辞にもいえない場所に位置している。

ここに参拝したとき、私は本当は高岡方面から国道を南下して、世界遺産の白川郷に行きたいと思っていた。
白川郷は何度か行ったことがあるが、この時期はあの合掌造りの見事な景観にすっかりはまっていて、自分としてはけっこうな頻度で訪れていた時期だったが、高速代金節約のために国道を使ったのである。

国道は一本道のはずなのだが、何度行ってもどこかで道を間違い、かならず高瀬神社の鳥居の前に出てしまうという不思議が何回もあって、それで高瀬神社まで出向くことにしたのではなかったかと思う。
境内でも脇のほうは少々暗い雰囲気だが、前面は開けて明るい感じで、当日は結婚式をしていたこともあって、小さな境内だかたいへん華やいでいた。
御祭神が大国主命なので、縁結びはありだろうが、本来は農業とか産業振興の意味でお祀りされていたかもしれない。

この高瀬神社は一向一揆で壊滅的な打撃を受けているが、私なんぞは先祖が浄土真宗の門徒なので、世が世なら仇敵にあたるかもしれない。
似たようなものとして、私の地元は薩摩・長州とはきわめて仲が悪いはずだが、鹿児島や山口に旅行に出て何か霊的にも物理的にも不都合が生じたことはないし、逆に行くたびに良いことが多いというか、歓待されているような雰囲気を感じる。
どうも輪廻には恩讐を超えるようなはたらきがあるらしく、昔の仇がそのまま現世に生きているとまでは限らず、薩長の人間が東北人に生まれ変わるなどといったこともありそうなのである。