神社に呼ばれるとは - 筑波山神社

徳川綱吉の生類憐れみの令といえば、かつては天下の悪法といわれていたが、現在では戦国の遺風を断ち切って世の中を平和にしたという評価もあるくらいで、とかく歴史というのは見方によってどうにでも書き換えられてしまう脆い学問なのだなという気がする。

それはそうとして、この生類憐れみの令の発布に影響力をもったという宗教関係者に、新義真言宗の隆光がある。隆光はのちに大僧正にまで登り詰めたが、大きな権力を握るようになったのは、筑波山知足院中禅寺の住持になってからという。

のちには中禅寺を護持院に改称して、江戸の神田橋外に大伽藍を構え、火事によって音羽の護国寺の境内に移されたが、江戸時代には将軍家の祈願寺として、かなりの格式を誇っていたという。

その大元の筑波山だが、明治の神仏分離令で仏教的なものは破却されて、現在はイザナギ、イザナミを祀る筑波山神社として存続し、摂社の建築には徳川家光時代に寄進されたものも残る。仏教方面も昭和になって大御堂として復興されたが、かつて隆盛をきわめた面影はなく、ひっそりとした感じだ。

その筑波山神社だが、いろいろと生活や仕事で苦しくなると、何度もひきよせられるように訪れていた神社だ。拝殿はもとは本堂の建物か何かなのだろうか、あまり神道的ではないし、言うほどのパワースポットという感じでもない。

ここは山頂までハイキングができるようになっていて、山頂にも奥宮があるので、お参りするならやはり山頂まで出向いたほうがよいだろう。パワーがあるのは微妙に奥宮の社殿の場所とはずれている感じでもあるのだが、断然麓の拝殿よりも雰囲気が違っている。

あまり荒々しい感じはしないが、ここももとは修験の山だったので、ハイキングコースにはがま石、高天原、セキレイ岩などの奇岩の数々があり、たまにアジナチャクラやヴィシュダチャクラあたりが刺激される。女体山の山頂などは岩がむき出しになっていて、座って休むこともできるので、平野を一望の風景を眺めながら、パワーを補充するとよいだろう。