日本パワースポット探訪

Visiting Sacred Places of Japan

パワースポットとは

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パワースポットとは

ひまわりパワースポットとは

「パワースポット」は、体や心が癒やされたり、願い事が叶ったりといったことが起きやすい、霊的なエネルギーに満ちた場所のことをいいます。
これ自体はいわゆる和製英語ですので、もし英語で近いニュアンスのものがあるとすれば、sacred place、sacred siteあたりかと思われます。

パワースポットといったもさまざまな種類があり、たとえば山の頂上や海、清流の近くなどのように、大地の良い気が集まるようなところもあれば、神社のように御神霊のエネルギーが顕著に感じられるようなところもありますが、割とこうした場所は重なっていることも多いものです。
また、近世のお城の一部などは、もともと大地の気が流れる場所であったということに加えて、人々のあこがれの念を集めてパワースポット化しているといった場合もあるようです。

ひまわりパワースポットは「行ってはいけない」場所なのか

パワースポットのブームと比例して、最近ではパワースポットは「行ってはいけない場所」とか、「運気が落ちる」いう説も生まれてきています。
伊勢神宮や出雲大社のように、すでに多くの人々がパワースポットであることを認めており、それだけの人々を受け入れるキャパシティのある場所については、「万人受け」するパワースポットであり、特に問題はないのではないかと思います。

ただし、「行ってはいけない」という主張のなかにも、ある種の真実は含まれているでしょう。
たとえば、神社でお祓いを受けて、日々の生活の中で積もったマイナスエネルギーを浄化してもらおうという人は多いはずです。
体質的に敏感な人のなかには、パワースポットに出向いたはずなのに、逆にこうした人のマイナスエネルギーをごっそり引き受けて帰ってきたという場合も珍しくはありません。
また、パワースポットとはいっても、「入らずの森」や「禁足地」などとして、特定の血筋の人や潔斎した人以外は入れないか、または古来誰も立ち入ることができないとされているような場所もあります。
こうした人々からあまりにも畏怖されているような場所は、やはり異質であり、「行ってはいけない」ということばもあてはまるかもしれません。

ひまわりパワースポットに行けば何でも「願いが叶う」のか

パワースポットで願い事が叶いやすいという一般的な傾向はあるかもしれませんが、それがすべての人にあてはまると考えるのも、また大きな誤解であると思います。

わが国には「八百万の神」が坐すとされていますが、江戸時代の国学者の本居宣長は、『古事記伝』のなかで、「尋常ならずすぐれたる徳のありて、可畏き物を迦微とは云ふなり」と神を定義しており、要は人間が畏れ敬うものであれば、良し悪しにかかわらず、すべてが「神様」ということになります。
たしかに、宇宙開闢の神である天之御中主神のように、人智が及ばないほどの神格をもつ神様が存在することも事実です。
しかし、神社の縁起を見ると「祖先を神として祀った」という記述が多いことでもわかるように、きわめて人間的な側面をもつ神様も多く、さらには植物霊や動物霊が神格化された場合もあるのです。
ということは、パワースポットのなかでも特に神社のようなところは、「神様の波動が高すぎて何も感じられない」とか、「一度しか来たことのないよそ者なので無視された」といった、相性の問題もあり得るわけです。

また、体質的に敏感な人にありがちですが、何らかの願い事が叶う前に「膿出し」として、逆に悪い事のほうが一時的に起きやすいという場合もあって、特に一度に多くのパワースポット巡りをし過ぎると、頭痛や吐き気などの風邪のような症状が出たり、思いもかけないハプニングでケガをしやすいといった傾向があるような気がします。

結局のところ、他人の話をそのまま鵜呑みにするのではなく、自分にとって最も居心地のよいパワースポットを見つけ出し、そのメリットを十分に活かすという方向性がよいのではないでしょうか。


こちらの写真はイラストAC様から引用したものですので転載禁止です。

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