無意識の不思議

もう学校などとうの昔に卒業して何十年にもなるというのに、私なぞはいまだに学校の夢を見ることがある。
この学校の夢というのは、夢占いなどでもよく言われているとおり、制限や束縛の多い場所というものを意味している。
そういえば、学校には宿題があったり、高速があったり、いちいち先生のいうことにしたがって行動しなくてはいけなかったりと、いろいろと思い当たるふしはあるはずだ。
そういうわけで、このあたりはやはり夢占いの意見を傾聴する必要があるだろう。
要は、世間のルールに縛られて息苦しいということを、端的に学校という空間をもって、自分の無意識があらわしているわけである。

ところで、この学校の夢だが、実体験は何十年も昔であるとしても、細部にわたるまでありありと再現できていることには、いつもながら驚かされる。
通常の顕在意識とよばれるものではすでに「忘れてしまった」はずの記憶であったとしても、無意識の世界にはしっかりと刻み込まれていて、必要に応じてその情報を取り出すことができるというわけである。

そう考えると、たとえば以前にこのブログで記したタルパ、人工精霊のようなものでも、顕在意識のレベルで一定の鋳型、あるいは規格を設定してやりさえすれば、実はあとで無意識のほうが「それっぽく」仕上げてくれるといったこともあるわけである。

タルパ、人工精霊なるものは、つくるのが難しいという話も聞くが、個人的な感想からいえば、つくるのはそんなに難しいことではなさそうな感じなのだ。
むしろ、タルパ、人工精霊のキモにあたる部分といえば、エネルギー不足がおこりやすく、つくったあとに維持をすることのほうが大変であるということがいえるだろう。